おかえりトークセッション

2014年7月、KITTEで開催された「おかえりフェスティバル」。
そこで行われた公開トークセッションの記録です。
司会はジャーナリストの津田大介さん。
作家・女優の中江有里さんにもご参加いただき、
保護司の中澤照子さん、NPO法人セカンドチャンスで
非行少年をサポートしている高坂朝人さんのおふたりをお招きし、
更生保護の現場でのお話をくわしく伺いました。

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津田さん こんばんは、津田大介です。
今日は「おかえりフェスティバル」のトークセッションということで、「更生保護」がテーマになっています。
最初に少し背景的なお話をすると、ここにひとつのデータがあります。
平成26年の3月に発表された内閣府「青少年意見募集事業」の調査結果なんですが、この中に「あなたは、犯罪や非行をした人たちの立ち直りのための活動に協力してもよいと思いますか」という質問項目があって、約5割の方が「どちらかといえば協力したくない」もしくは「協力したくない」と答えています。若い人たちの半数が腰が引けている状態ですね。
その理由として挙げられているのが「自分の身に何か起きないか不安」「どのように接すれば良いか分からない」といった不安です。

こういった不安って更生保護に限った話じゃなくて、われわれは「知らないこと」って怖いんですよね。
たとえば原発事故がそうでしたけど、最初は何が起きているか分らないから、とにかく怖い。それで必死になって情報を集めて、少しずつ知りながら「なるほど、こういうことなのか」と自分なりの判断ができるようになっていった。これはおそらく多くの問題に通じることで、更生保護についても僕らは知らないことがたくさんあるんだと思います。

今日はこの場に、更生保護の現場で奮闘されているボランティアのおふたりをお招きしました。彼らからいろんな話を伺って、僕らも含め会場のみなさんも「更生保護ってこういうことなんだ」というように、何かしら持ち帰ることができるセッションにしたいと考えています。
それでは、保護司の中澤照子さんから自己紹介をお願いします。

中澤さん 保護司の中澤照子です。保護司のお仕事をお引き受けしてから丸15年。
今は16年目に入りますが、私自身としては中身の濃い活動をさせていただいてきたと思っています。本日はよろしくお願いします。
津田さん 次に「NPO法人 セカンドチャンス!」で活動されている高坂朝人さんです。
高坂さん 高坂朝人です。
介護福祉士の仕事をしながら非行をした少年たちをサポートする活動を6年くらいさせてもらっています。それと、これは申し上げにくいことなんですけど、僕は13歳から非行に走ってしまい、24歳まで非行や犯罪を重ねていました。何度か少年院に入ったり、逮捕された経験があります。
津田さん いきなり核心を衝く質問なんですが、高坂さんはそういった経歴がありながらも、今はこうして更生されていますよね。
高坂さんが立ち直ることができた理由は何だったんでしょうか?
高坂さん 僕は24歳のときに、はじめてちゃんと生きていこうと決心したんですけれど。そのきっかけになったのは、当時つきあっていた彼女、今の妻が妊娠して、あと数か月で子どもが生まれるってなったことなんです。
そのときはじめて、子どもが生まれてからの生活を想像してみたんですが、当時の僕の生き方では、どう考えても子どもを不幸にしてしまうことが分かってしまって。それまでも親やまわりの人たちに迷惑をかけていたんですが、なかなか立ち直ろうとは思えなかったんです。
でも、このままだと自分の子どもを確実に不幸にしてしまう。そのことに気づいてからは、そんな生き方がものすごく嫌になって。それで、悪い世界から逃げてでも、ちゃんと生きていこうと考えることができました。
津田さん ありがとうございます。後ほどまたくわしくお話を聞かせてください。そしてもうおひとり、今日は僕とともに聞き手としてご参加いただきます。
作家・女優の中江有里さんです。
中江さん 中江有里です。本日はよろしくお願いします。
じつは私、今回のトークセッションにお誘いいただくまで、保護司という名称は知っていましたが、実際にどういうことをなさっているのか、ほとんど知らなかったんです。
でも、じつは私の身近な方のご家族が保護司をされていたことが分かって。「こんな身近に保護司がいたんだ!」って驚いたんですけど、せっかくなので少しお話を聞かせていただいたんですね。どうして保護司になられたのか、どんな活動をされているのか、保護司としてのお気持ちをいろいろと聞かせていただく中で、自分の勉強不足を痛感しました。それと同時に、そういった方々のお力が社会を支えているんだな、とあらためて感じることができました。

津田さん いま大事なフレーズが出てきました。
「社会を支える」ということですが、その支え方にはいろいろなやり方があると思うんです。僕らが働いているのも、結果的には社会を支えているとも言える。ようは意識するかしないかの違いなのかもしれません。
今日は「更生保護」という支え方を知ることで、新しい扉が開けばいいなと考えています。それでは、保護司についてのお話から伺っていきたいと思います。中澤さんは16年間も保護司を続けてこられたということですが、やはりいろいろと大変だったんでしょうか?
中澤さん そうですね。個々の事例では大変なことがあったと思うんですけれど。
でも、私の中では「朝晩の挨拶よりも一歩だけ踏みこんだご近所づきあい」みたいな感覚で保護観察も受け持っているので。
彼ら一人ひとりと向きあう中で大変なことがあっても、後からついてくる喜びがみんな帳消しにしてくれる。保護司の仕事にはそんなところがありますね。
津田さん あの、語弊があったら訂正していただきたいんですが、保護司って「近所にいる、ちょっと口うるさいけど面倒見のいいおばさん・おじさん」みたいな存在なんでしょうか?
中澤さん そうかもしれませんね。私自身、小さい頃からたくさんの「声かけ」に見守られて育ってきたんです。町内のおじさんやおばさんが「これから学校かい? うちの子がぐずってるから一緒に連れてっておくれ」とか声をかけてくれて。
だから私もそのまんま、知らない町に行ってもつい声をかけたりするんですけど。あの気さくに声をかけてくれた大人たちは今どこにいっちゃったの? なんて思いますね。

津田さん 都市部では核家族化が進んだりだとか、集合住宅が増えて横のつながりが希薄になったりとか、そういった影響はあるんでしょうね。
この16年の間で、中澤さんが感じられた変化のようなものはありますか?
中澤さん 昔は子どもが非行に走っていても家族が見えたんですね。
子どもが夜遊びしていると親が探し回ったりとか、暴走してるとその後を必死で追いかけてる親をよく見かけました。
津田さん 家族が向き合っていたわけですね。
中澤さん そう。だけど今はそういう親御さんはほとんど見かけません。
子どもが犯罪や非行に走っていても、子どもは子ども、私は私みたいな。ちょっと寂しいというか、怖い部分がありますね。
津田さん 高坂さんはいかがですか? 今の中澤さんのお話を伺って。
高坂さん そうですね。親の放任という話がありましたけど、僕は今の活動を通じて非行少年の保護者とお話しする機会も多いんですね。
そうすると当たり前ですけど、わが子を非行させたい親なんて一人もいなくて、みなさん一生懸命、それこそ全力で非行を止めようとしている。でも止められなくて、本当に毎日苦しんでおられて。僕の母もそうだったんですが、子どもの非行を自分の親兄弟にも話せない。学校や警察に相談しても、お前の教育が悪いんだと突き放されてしまう。
一度、当時の気持ちを母に聞いたことがあるんですが、僕を殺して自分も死のうと毎日のように悩んでいたと話してくれて。なので、うまく言えないんですが、親御さんたちも好きで放任しているわけではないんだと思います。

津田さん なるほど。親御さんの苦しみもはかり知れないものがあると。
高坂さんは、最初に少年院に入ることが決まった時はどんなお気持ちでしたか?
高坂さん はじめて少年院に入ったのは16歳の時でした。
それまでは僕もいきがってたので「少年院上等だ」なんて言ってたんです。でも実際に「少年院送致」と告げられた瞬間、思いっきり泣いちゃって。被害者の方や親のこととは一切考えずに、「なんで自分だけがあんな塀の中に行かないといけないんだ」とか「人生終わった」なんて思っていました。
津田さん 少年院に入って、それから出院しますよね。社会に戻ってくる。
そこからまた再犯に至るまでというのは、どんなことがあったんですか?
高坂さん 僕の場合は、生き直していこうという自信が24歳までまったく無かったので。少年院に入っている時から、ここを出たらまた暴走族に戻ろう、悪さをしようと決めてました。だから、出院したその日からずっと再犯を重ねてしまったんです。
津田さん 保護観察中は保護司の方もついていたと思うんですが、当時はどう思っていましたか?
高坂さん 当時はちゃんとやっていこうという気持ちも無かったので。
保護司さんのことが大嫌いだったし、義務だからとりあえず面会に行くだけで、話も聞きたくないというのが本音でしたね。今考えると申し訳ないんですが。
津田さん これは中澤さんにも伺いたいのですが、保護司としていろんな対象者と接する中で、ちゃんと向き合える人もいれば、当時の高坂さんみたいに反発する少年もいるわけですよね。そんなとき、中澤さんはどのようにして接してこられたんですか?
中澤さん そうですね。最初からいろいろと責め立てて質問するとか、こちらから聞き出そうとか。そういうことは決してしないように。
とにかく辛抱強く。向こうから語りかけてくるなり、不平不満をチラッとでも言えるような雰囲気ができるまで必死で我慢しますね。
津田さん そこに時間をかける、と。
中澤さん 我慢くらべですね。
自分でも「私ってこんなに気が長かったかしら?」って思えるくらい、ひたすらじっくり待って。
なぜかというと、焦って質問攻めにしたりするとね、かならず嘘が出てくるんです。そうすると嘘にまた嘘を重ねて、そのうち私のところにも来づらくなったりということがありますので。その子の気持ちの蓋が開くまで、まずは長い時間をかけることを心がけるようにしています。

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中澤照子さん
(保護司)
平成10年に保護司を委嘱され、以来、江東区の保護司として多くの保護観察対象者を受け持ちながら、清掃活動や小学校での読み聞かせなどの地域活動にも積極的に参加している。
津田大介さん
ジャーナリスト / メディア・アクティビスト。メディア、ジャーナリズム、IT・ネットサービス、コンテンツビジネス、著作権問題などを専門分野に執筆活動を行う。ソーシャルメディアを利用した新しいジャーナリズムをさまざまな形で実践している。
中江有里さん
女優・作家。1989年のデビュー以来、数多くのTVドラマ、映画に出演。『納豆ウドン』でBKラジオドラマ脚本懸賞最高賞受賞。著書に『ホンのひととき 終わらない読書』(毎日新聞社)。4月よりNHK Eテレ 高校講座『国語表現』MCを務める。
高坂朝人さん
NPO法人「セカンドチャンス!」メンバー。自身の経験を元に、ボランティアとして少年院出院者たちの支援活動を続けている。NPO法人 再非行防止サポートセンター愛知理事長。愛知県BBS連盟運営委員。
NPO法人
「セカンドチャンス!」
少年院出院者の立ち直りを支援するために設立された自助組織。過去に少年院経験があり、現在は更生して再出発している先輩たちと、少年院から出てきた少年たちが、自らの経験と希望を分かちあいながら、仲間としてともに成長していくことを目的としている。